2220194月
母子篇 第2話 主体性

母子篇 第2話 主体性


子どものこころが育つために必要な2つの歩み

児童精神科医である滝川一廣先生は、子どものこころが成長していくためにはふたつの”歩み”が必要と唱えておられます。
一つは「人間社会」を生きるために、赤ちゃんが人間関係を学んで関わりを結んでいく”歩み”で、滝川先生は「関係の発達」と呼んでいます。
もう一つは赤ちゃんにとって未知の世界を五感を使って感じ取ってそこに意味や約束で色付けしていく”歩み”で、滝川先生は「認識の発達」と呼んでいます。

この二つの”歩み”はお互いに関係しあっています。五感で情報をただ受け取るだけではなく、受け取った情報に意味や約束(ルール)で色付けして「認識」するためには、他者の存在すなわち「関係」が必要です。また、人間同士の「関係」には様々な意味や約束が存在して、それらを適切に「認識」する力がより良い人間関係を育むために必要です。このように二つは密接に関連しあっているのです。


子どもはなぜなんでも口に入れるのか?

赤ちゃんの前には未知の世界が広がっています。世界を知るために赤ちゃんは五感を使ってたくさんの情報を収集します。まだ視覚が成長途中で目が良く見えていない赤ちゃんにとって、「口」と「手」が世界を探るのに最も頼りになるセンサーなのです。

実は「手」より「口」の方が敏感。赤ちゃんは「手」に取った未知のものを、「口」という全身で最もセンシティブなセンサーを使って調べます。赤ちゃんにガラガラを持たせて遊ばせようとしてもあまりうまくいかずに、「口」に運んでアムアムしてしまう訳はここにあるのです。


「口」が支えるこころの成長

ことばを発するコミニュケーションができない赤ちゃんにとって最も敏感な「口」。そこにお母さんが提供してくれるミルクや離乳食は、”生きるために必要な栄養源”以上の意味を持ちます。スプーンの上に乗ったなんだかよくわからないドロドロした味のあるものが安全で自分に必要な「食べもの」であることを認識できるのは、やさしい雰囲気で接してくれるお母さんとの関係性があってのことです。人間のこころの成長を支える第一歩は、「口」によってもたらされるのです。


子どもの生き方を左右する【根っこ学力】は離乳食で育てる

「奇跡の中学校長」として知られる友道健氏先生は、著書である「方円の器」のなかで、子どもの学力を1本の樹木に例えて解説されています。
【葉っぱ学力】は学校で習う知識や技能のことで、ペーパーテストで測ることができる学力のこと。
【幹(みき)学力】は楽しい経験だけでなく、時に味わう様々なつらい経験を通じて習得した思考力・判断力・表現力を示します。
そして【根っこ学力】。これは、樹全体を支える役割と樹の成長に不可欠な水や栄養を吸収する力です。【根っこ学力】は見えない学力とも呼ばれますが、関心・意欲・態度など生き方を最も左右するものといえます。

ペーパーテストで測ることができないけれども、その子の生き方を左右すると言われる【根っこ学力】。これは、「学校教育が始まるずっと前に養われはじめるのではないか」と私は考えます。赤ちゃんに「ごはんだよ」とスプーンでおかゆをあげると、興味を持った赤ちゃんは必死にスプーンに手を伸ばしてきます。離乳食をあげることに躍起になっている親たちはつい、スプーンの行く手を阻むその手を振り払ったり押さえてしまいがちですが、赤ちゃんが伸ばしてくるこの手こそが【根っこ学力】へと姿を変えていくのだと思うのです。


【根っこ学力】を大きく伸ばす育児法 「手づかみ食べ」

ハイハイの時期を終えて自分でおすわりができるようになった赤ちゃんは、十分に体幹ができて手づかみ食べが出来る身体へと成長しています。そのくらいの時期の赤ちゃんの前に、食べ物を用意してみましょう。赤ちゃんの手が伸びればしめたものです。
はじめは用意されたものを食べ物と認識していないので、手でこねくり回したり床に落としてしまうかもしれません。保育関係者のかたはそのような行動を「指先で味わう」と呼んでいます。今後の食行動につながっていく大切な動作なので、気長に見守る必要があるんだそうです。
また、親が食べ物を口にして「おいしいなあ」と幸せな顔をするのを見て、赤ちゃんは手元にあるものが安心でおいしい食べ物であることを学習します。このことから、子ども一人きりで個別のメニューを食べさせるよりも、他の人と一緒に大皿から取り分けたものを与えるほうが、好奇心や食への喜びを学びやすい環境であると言えます。

自分で手を伸ばして、手にしたものを口に運び、かぶりつく。この行動こそが生きる意欲を生み、私たち人類の大いなる繁栄の基盤となってきたのだ、と思えてなりません。


参考文献:
目のはたらきと子どもの成長(1985)/湖崎克、築地書館
口から見た子育て(1991)/岩倉政城、大月書店
「手づかみ離乳」のすすめ-噛めない子・アレルギーっ子にしないために(1997)/ 大竹邦明、東京風人社
子どものための精神医学(2017)/滝川一廣、 医学書院
方円の器-奇跡の中学校長が語る教育と学力(2017)/友道健氏、書肆侃侃房



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